金沢市の泉鏡花記念館を訪れたときのことです。展示物の中にジオラマの立体風景モデルがありました。夜の岩壁に、窓のような洞穴がいくつもあって、それが舞台のようなイメージで人(人形)がいる。なにやら異様な雰囲気が漂っています。なにしろ泉鏡花ですから「異様な」「怪しい」は当然と心構えができていました。が、私がはっとしたのは、その風景に見覚えがあったからです。名越の「まんだら堂やぐら」では? と直感が走りました。そして説明版を見て、やっぱり、と思ったのです。
『春昼』は、鏡花が33歳のときの作品で、体調を崩して逗子に滞在していたときに書かれた幻想文学の傑作……
泉鏡花が逗子に滞在していた、というのを、私はこのとき初めて知ったのですが、もう、これだけで、このジオラマが「まんだら堂やぐら」をモデルにしているな、と確信しました。
金沢 泉鏡花記念館のホームページ(「『春昼』ジオラマ」の項をご覧ください)
いかがですか? 思い込みの激しい私ですが、「まんだら堂やぐら」を見たことのある人なら、このジオラマを見れば、やっぱりそう思うでしょ?
金沢も、ふらっと旅行に行っただけで、室生犀星の出身地というイメージくらいしかなく、泉鏡花までは頭にありませんでした。それでもトワイラートゾーンや、怖がりのくせに怖いもの見たさの強い私としては、泉鏡花の描く世界は嫌いではありません。湘南から遠く離れた、この北陸の地で、その鏡花の遺産と思いがけず出会い、しかも逗子に滞在した経験があって、「まんだら堂やぐら」を題材にした小説を書いていたことを知って、なにか不思議な縁を感じたのでした。
『春昼』は読んだことがなかったので「青空文庫」で読んでみました。(この時代の作家ですと、たいてい青空文庫になっているので、お財布が助かります)
まったく「世にも奇妙な物語」ではありますが、それだけ妙に惹かれる部分もあります。読後感想は別の機会とし、「まんだら堂やぐら」に関わると思われる部分をご紹介しておきます。(作品の第二十二章の一部を抜粋)
不細工ながら、窓のように、箱のように、黒い横穴が小さく一ツずつ三十五十と一側(ひとかわ)並べに仕切ってあって、その中に、ずらりと婦人(おんな)が並んでいました。
坐ったのもあり、立ったのもあり、片膝(かたひざ)立てたじだらくな姿もある。緋の長襦袢(ながじゅばん)ばかりのもある。頬のあたりに血のたれているのもある。縛られているのもある、一目見たが、それだけで、遠くの方は、小さくなって、幽(かすか)になって、唯(ただ)顔ばかり谷間に白百合の咲いたよう。
慄然(ぞっ)として、遁(に)げもならない処へ、またコンコンと拍子木(ひょうしぎ)が鳴る。
すると貴下(あなた)、谷の方へ続いた、その何番目かの仕切の中から、ふらりと外へ出て、一人、小さな婦人(おんな)の姿が、音もなく歩行(あるいて)来て、やがてその舞台へ上あがったでございますが、其処(そこへ)来ると、並なみの大きさの、しかも、すらりとした脊丈になって、しょんぼりした肩の処へ、こう、頤(おとがい)をつけて、熟(じっと)客人の方を見向いた、その美しさ! 正(まさしく)玉脇の御新姐(ごしんぞ)で。