5.著作のこと

ウクライナ情勢に想うこと(4) – 河瀨直美「ロシアを悪者にするのは簡単」 –

 人のコメントを切り取って引用するのは良くありませんね。ですので、まず今回のサブタイトルについて謝罪します。「ロシアを悪者にするのは簡単」は、先日、東京大学の入学式で、映画作家の河瀨直美さん(以降、河瀨氏)が述べた祝辞から引用させていただいたものです。祝辞の全文はコチラですが、失礼ながら、その前後を含めて「切り取」らせていただくと以下になります。

例えば「ロシア」という国を悪者にすることは簡単である。けれどもその国の正義がウクライナの正義とぶつかり合っているのだとしたら、それを止めるにはどうすればいいのか。なぜこのようなことが起こってしまっているのか。一方的な側からの意見に左右されてものの本質を見誤ってはいないだろうか? 誤解を恐れずに言うと「悪」を存在させることで、私は安心していないだろうか?

 この祝辞について賛否の声があがっています。どちらかというと否定的意見の方が目立ちます。「ロシアからお金を貰っているのか」(実業家の「ひろゆき」こと西村博之氏)。「ロシア軍がウクライナの一般市民を殺戮している一方で、ウクライナ軍は自国の国土で侵略軍を撃退している。(中略)この違いを見分けられない人は、人間としての重要な感性の何かが欠けているか、ウクライナ戦争について無知か、そのどちらかでは」(慶應義塾大学の細谷雄一教授)
以上「切り取り」お詫び申し上げます。

 現在のニュース報道を見ていると、ロシア(プーチン)の蛮行は許しがたく思え、私もそう感じる者の一人ですが、あえて(誤解を恐れずに)申し上げれば、河瀨氏の祝辞に賛同します。氏は、物事の見方の原点について、とても大事なことを言った(新入大学生に諭した)のであって、だから「例えば」と断って、ロシアのウクライナ侵攻を例にとったのです。現象は一面的(一方の情報)ではなく多面的(様々な情報)に見なければいけない。また一方(こちら側)の視点ではなく他方(相手側)の視点に立って見ることも必要と言ったのです。私は本シリーズ(ウクライナ情勢に想うこと)の(1)で、NATOの東方拡大はプーチンにしてみれば「NATOに攻められている」という感覚について書きました。(コチラ) また(3)で今回のロシアの蛮行だけが注目されているが過去の戦争の蛮行を例に、戦争の犯罪性は今回のウクライナに限ったことでないことも述べました。(コチラ) 特に「視点」については、私も小説を書いているので、とても気にします。小説は基本的には主人公の視点で書きます。しかし会話の部分(セリフ)になると、主人公以外の人物が喋るとき、必ずその人になったつもりで喋る言葉を考えます。すでに登場人物それぞれの性格、風体や生い立ち(その人物が生まれてから物語時点までの経歴)は設定してありますから、その人物が、ある状況に置かれたらどんなふうに感じ、どう言うかを、その人物になりかわって想像します。その人物になり切ることができたときは自然に言葉(セリフ)が浮かびます。と、やや本題から外れましたが、プーチンがどんな経歴(歴史)を経て今に至ったかを見ないと、なぜ、あのような行動に出たのかを理解できないでしょう。今年の2月24日以降のロシアとウクライナの状況だけを見れば、プーチンはヒトラーにたとえてもおかしくない狂人というイメージで捉えてしまいます。(私も直感的には、そう思ってしまいます)

 そのような状況で停戦交渉を行っても、妥協点を見つけることは不可能です。交渉のテーブルにつくときは河瀨氏の祝辞のような視点、頭の構造になって相手と向き合わなければ解決(物語の終わり)は見いだせないと思います。


「ジェノサイド!」と言ったバイデン大統領の気持ちは理解するが……。


ジェノサイドという言葉を避けているマクロン大統領の冷静なスタンスを支持したい。
(ジェノサイドかどうかは、詳細に調査したうえで冷静に判断しなければならない。今は、まずは交渉のテーブルにつくべき、という意味で)

 ただ、残念ながら、今の状況に至ってしまったことにより、交渉のテーブルそのものが遠のいてしまったことは残念でなりません。戦いが止まらないということは、これからも日々刻々と犠牲者が増えてゆくということですから……。

森園知生

※この記事は、「ウクライナ情勢に想うこと(3) – 戦争犯罪という言葉への違和感 –」からの続きです。

※次回 ウクライナ情勢に想うこと(5) – 空気の変化 – はコチラ

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