5.著作のこと

ウクライナ情勢に想うこと(1) – 明日の神話 –

ウクライナから戦争と平和を考える

■世界史に残る危機的事態

 戦争は人類の行いの中で最も忌むべきもの、というのは第一次、第二次世界大戦を経験した人類の共通の想いだったはずです。しかし、今回のロシアのウクライナ侵攻は「喉元過ぎれば……」の通り、時間と共に記憶は薄れてゆくものであることを思い知らされました。(記憶は遺伝しないのですからあたりまえ。ならば、やはり「語り継ぐ」ことは無意味ではないかもしれません)

 今、ウクライナでそれが起きています。が、ウクライナだけの問題ではなく世界が揺れています。もしプーチンの思惑通りロシアがウクライナを制圧、親ロシア派政権を樹立することに成功してしまえば、国連は機能しておらず、アメリカはすでに「世界の警察」を放棄しているうえNATO(北大西洋条約機構)も機能していないことが歴然となり、侵略戦争はやった者勝ち。中国は粛々と台湾に侵攻するでしょう。台湾と目と鼻の先にある与那国島、尖閣諸島、沖縄も巻き添えになり日本も対岸の火事ではいられなくなります。ヨーロッパではNATO対ロシア(とその追随国)、アジアでは中国の台湾、南シナ海、東シナ海への拡大進出と第三次世界大戦への道を突き進んでゆきます。

■解決への理想的なシナリオ

 もし、世界(除ロシア)が一致団結した経済制裁とロシア国内の反プーチン勢力(財界、市民)への支援によりプーチン体制を崩壊させることができれば、ヨーロッパは安定し、中国も台湾制圧を諦めざるを得なくなります。(ロシアよりも世界経済との連携が強い中国ならばロシア以上に経済制裁による打撃は大きいはず)


 そうして「経済制裁」「外交圧力」という非武力の手段が戦争・紛争の解決手段として有効であることが証明されます。しかし、経済制裁は政府機関や経済界だけでできるものではありません。エネルギー、食料の輸入において逆の経済制裁を受ける(返り血を浴びる)覚悟をしなければならないのは経済界のみならず一般市民(つまり私たち)の全てです。その覚悟を共有できるかどうかがウクライナを救い、ひいては第三次世界大戦を防げるかどうかに掛かっていると思います。(現在(2022年3月15日)の日本の状況は、まだまだ緩い経済制裁で、より強い制裁への動きも乏しく、覚悟の共有もできていないように感じます)

■解決への少しだけ現実的なシナリオ

 ロシアのウクライナ侵攻を止めるもうひとつのシナリオが考えられます。 
 ベルリンの壁が崩壊し、冷戦終結後、ソ連邦は解体し、ワルシャワ条約機構も消滅しました。しかしソ連邦を仮想敵として結成されたNATO(北大西洋条約機構)は存続したままのみならず徐々に拡大し、加盟国は増えてロシア国境に迫り、ウクライナもNATOに加盟する方向に動いていました。

プーチンを擁護するつもりは100%ありませんが、第二次世界大戦後の現状維持が国際社会の共通認識であるのに、プーチンにしてみれば「侵略してきてるのはNATOの方だろ!」とブッチギレたくなる心境は想像できます。プーチンにとっての真の敵はNATOであって、ウクライナは自分の子供と思っていたのに敵の子になろうとしていたために今回の事態が起きたともいえます。ところがNATOは前面に出ることなく武器供与の支援だけして、あとはウクライナに「ガンバレ」と声援するだけです。(国際社会も声援だけでただ傍観している) 私の目には、古代ローマのコロセウムで猛獣(ロシア)と人間(ウクライ)を戦わせて、人間が咬み殺されようとしているのを見てイケイケ、ヤレヤレ(人間ガンバレ!)と囃し立て興奮している観衆(国際社会)というおぞましい光景に見えます。(毎日TV画面に大勢の難民が映し出され、爆撃で人が殺されてゆくのをただ見ているだけの自身にも……)

グラデュエーター(ウクライナ)はNATOとアメリカに持たされた剣と日本から渡された盾でトラ(ロシア)に立ち向かっています。ワイワイ囃し立てている観衆は国連総会の議場か?

 NATO(含、アメリカ)が武力行使しないといっても武器供与を続ければ、プーチンはNATOが参戦しているも同じと見るでしょう。今はロシアとウクライナの間で交渉が行われていますが。ロシアにとって真の敵であるNATOが交渉に出てこなければ話はつかないのではないでしょうか。プーチンにとっての脅威(客観的にではなく、あくまでプーチン側の視点で)は前述の通りNATOの東方拡大ですから、NATOとロシアの直接交渉で、ウクライナの軍事的中立(NATOへの不参加)が確認されれば妥協の余地はあるのではないかと思います。

それで第三次世界大戦が防げて中国の台湾制圧意欲が抑えられれば「めでたし」とは言えなくとも現状では不幸中の幸いでしょう。もちろん、このシナリオにとっても世界の一致団結した経済制裁(覚悟)は後方支援(援護射撃)として必要です。

■憂いと希望


 岡本太郎「明日の神話」

 今、日本国内で、私がもっとも危惧するのは、ウクライナの状況を見て、やはり武力防衛は必要、やられる前にやれ(敵地攻撃能力)、「核の共有」という声が強まることです。じつに短絡的な発想で、世界大戦後、人類が積み上げてきた自制心を一挙に崩すものです。今回の事態を見ても、NATOもアメリカも武力衝突を避けました(今のところ、ですが)。武力で衝突すれば第三次世界大戦、核戦争、人類滅亡というシナリオが目に見えているからです。武力は紛争解決の手段としては、その意味を失ったとも言えるでしょう。
 その一方、「経済制裁」という手段は非武力とはいえ、様々な人々の困窮に繋がることで痛みを伴うものです(だから覚悟が必要)。しかし大量の血を流し、多くの命を奪う「戦争」とは根本的な差異があります。今回のウクライナで、経済制裁、外交的圧力が紛争解決の手段として成功すれば、人類は少しだけ進歩したことになる、と私は思います。

森園 知生

ウクライナ情勢に想うこと(2) – ゼレンスキー国会演説 – はコチラ

追記:2024年4月28日現在。この記事を書いたことが、じつにむなしい。

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