代替テキスト『春を忘るな』

5.著作のこと

【連載小説】春を忘るな(10)

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■前回までのあらすじ
 かつて大学で考古学を学んだ憲二は、恩師、吉田教授と小町裏通りのスナック[段葛]で歴史談義する中、[段葛]の女将(ママ)は鎌倉時代を、まるで見てきたかのように語りだす。
 実朝は疱瘡を患い、熱にうなされて自らの首を切られる悪夢を見、自身も兄や父のように殺されるのではないかという疑念を抱く。やがて疱瘡が癒え、鏡に映った自身の顏を見て失望するが、師の栄西から授かった『大唐西域記』に、未知の西域への憧れを育む。武芸も好んで励んだが、義時の前では武芸下手の和歌好きを演じ、兄の二の舞を避けようとする。が、義時の中に冷徹な執権と肉親という二つの顔を見る。そして和田義盛が乱を起こすが、幼なじみの和田朝盛からの手紙で、和田に謀反の心はなく、ただ義時への抵抗だったことを知る。

 そして、和田の乱の顛末を語った女将の話はさらに続く。

     第三章

 軒端の梅の木に青い実が生っている。雨の日が続いていたが、しばらくぶりに晴れ間が出たので寝殿の障子も開け放っていた。
「なにやら胡散臭い男にございます。殿が直に会うまでもないかと……」
 寝殿の下座に侍る義時はいまいましそうな顔をした。
 京からやってきた宋人の陳和卿(チンナケイ)なるものが実朝に目通りを申し出てきたという。
「たしかに妙な人物ではございます」
 義時の横に侍る政所別当の大江広元(オオエノヒロモト)もうなずく。広元はもともと京の公家の出で院とのつながりもある。頼朝の代から鎌倉に仕えており、博識なうえ政務については厚い信頼がある。執権の義時ですら広元の忠言には耳をかさぬわけにはいかなかった。その広元が将軍に拝謁を申し出てきた陳和卿に子細を聞く役を担った。
「今より二十年ほど前のことにございます。さきの大殿が東大寺の再建供養式典の際にこの陳和卿に面会を申し入れたことがございます」
 工人として東大寺再建に大きく貢献した和卿に頼朝が面会を申し入れたところ、頼朝は平家と戦った時に多くの人命を奪っており、罪業の深い人間であるから会いたくない、と和卿のほうが面会を断ったらしい。ふつうならば非礼ととられるところだが頼朝は逆にその和卿の言いように感じ入って甲冑や褒美の品を送ったところ和卿は、甲冑を造営の釘にし、褒美の品は全て頼朝に返したという。
「まったくの無礼者にございます」
 義時はますますいまいまし気な顔をした。
「ところが今の将軍家におかれましては菩薩のようなお方ゆえ、是非ともお顔を拝謁したいと申しているのでございます」
「その男は宋から参ったのだな」
 実朝は他のことはさておき、宋と聞いたからには捨ておくわけにはいかなかった。
「はい、宋の僧侶ながら寺の造営や仏像造りに堪能な工人のようですが……」
 広元は、東大寺再建の功績からみて工人としての腕は確かだという。しかしその一方で、再建事業の資材を横領したかどで東大寺を追放になったという噂もあるという。
「子細については今調べております」
 ――ああ、宋の話を聞いてみたいものだ。
 心が踊る。追放云々の話は眼中にない。実朝は栄西をおいて他の人間から宋について聞いたことがまだなかった。
「しかし大殿には非礼をしておきながら、手の裏を返したように……」
 義時はあくまで面会に反対らしい。が、
「会うてみよう」
 実朝はきっぱりと言った。
 建保四年六月。実朝も齢(ヨワイ)二十五。政での実権こそ執権に握られていたとはいえ、武門の棟梁として神仏祭事を司る役目については執権に勝手な物言いを許さぬまでにはなっていた。

          *

「面(オモテ)を上げよ」
 実朝は寝殿の下座で平伏している男に向かって言った。が、男はそのまま動かない。
「面を上げよ」
 もういちど言う。と、平伏していた男が顔を上げた。どうやらいちおうの作法を心得ているらしい。
「陳和卿と申しますなり」
 七福神の布袋のように下膨れの顔だちながら実朝を見据える眼光は鋭い。雲水の衣をまとっているが、頭には風変わりな萎え烏帽子に似たものをかぶっている。齢は五、六十といったところか。
「そなたは宋の出と聞いているが」
「はい。しかれとも、国を出てもう二十五年になりますなり」
 話し方に聞きなれない抑揚があり、語尾に宋人らしき訛があったが、長年の暮らしで意思疎通にさし障りはないようだ。
「そうか、二十五年とな」
 そう言った実朝の顔を和卿がじっと見つめている。
 実朝は初めて会う人間の前では白粉化粧をすることにしている。今日もそうだったが、あまりじっと見つめられると白粉で隠した痘痕(アバタ)を見透かされているようで落ち着かなかった。
「…………」
 和卿の口が何か言いたそうに動くものの、声が聞こえてこない。
「いかがいたした」
 下座の横から和卿を見張るように座っている義時と広元もどうしたことか、という顔をしている。
 そのうち和卿が袖で顔を覆って嗚咽をもらし始めた。なにやら泣いているらしい。
「いかがいたした和卿殿」
 事前の見分で話をしている広元が横から声をかける。
「これは失礼申し上げましたなり」
 声がふるえている。
「あまりの懐かしさについ……」
 涙を拭うような仕草をする。
「懐かしい、とな?」
 初対面のはずなのに、と実朝も訝しく思う。
「はい。あまりに似ていらした。いえいえ、似ているのてはないなり。将軍様は老師の生まれ変わりに違いありませぬなり」
「老師? それは誰のことか」
「これ、将軍家に向かって戯けたことを申すでないぞ」
 義時が声を荒げ、膝を立てて身を乗り出す。
「相州、ひかえよ」
 実朝としては、まず話を聞きたかった。
「医王山の長老のことにございますなり。おそらく将軍様の前生はその長老てすなり。私はかつてその長老の門弟てしたゆえ間違いございませぬなり」
 泣きじゃくりながら大きな身振り手振りで話す和卿を義時と広元はあきれたような顔で見ている。
「医王山とはどのようなところか」
 実朝は和卿の話に引き込まれていった。前生は高僧であったといわれたのもじつはまったく憶えがないわけでもない。
「宋の寧波(ニンポウ)にある大きな寺にございますなり」
「何、寧波? そうであったか……」
 寧波といえば栄西(ヨウサイ)禅師が初めて渡宋したさい到着した港で、よく話を聞かされていた。

「長老というのは少々違うが、かつて吾も夢の中で僧侶になって寧波の街を歩いているのを思い出したぞ」
 そうだ、自分は将軍になどならず僧侶になって宋へ渡るはずだった。そんな夢は何度も見ている。

「な、なんと……」
 和卿が目を丸くし心底驚いたような顔をした。自分で言っておきながら、まともに受けとめられるとは思っていなかったようにも見える。
「これ、殿、少しお戯れが過ぎますぞ」
 義時が不機嫌そうな顔で睨みつけてくる。
「戯れではない。いやいや、これは愉快なことぞ」
 扇子を手のひらに打ちつけて笑った。和卿を見ると、なにやら複雑な笑顔を浮かべている。
「ところで、そなたは宋では何をしておったのだ」
 実朝は和卿という男におおいに興味がわいてきた。
「は、はあ。私は僧侶になろうと思って寺に入りましたなり。てすが、仏法を学ぶより仏像を彫ったり、鋳造したり、あるいは堂塔を建てるような物造りのほうが面白うなりましたゆえ仏師になりました」
「ほう仏師とな」
「仏師と申しましても、仏像を造るたけてなく、堂塔はもちろん、造り物は何てもてきますなり。その技を見込まれましてこの倭の国に呼ばれて東大寺の普請をしておりましたなり」
「その話は聞いておる。ところで、宋にいたとき西域へは行ったことがあるか」
「西域? ああ、ユーメンクァンより西のほうのことてございますなりや?」
「ゆ、ゆうめん?」
 実朝が顔をしかめて、分からない意を伝えると和卿は筆と墨を求めた。そして紙に[玉門関]と書いて見せた。
「そうだ、そうだ、その玉門関(ギョクモンカン)だ」
 宋国の西の果て。その関所であり砦を越えれば西域……。
 書物の中で知り、想いを膨らませていた地の名、それを知る者と、たった今出会えたことに興奮した。
「ああ、ユーメンクァン、いやギョクモンカンより西へ行くことは禁じられております。それに私は西の奥地へ行くより海を渡って東へ行ってみたかったのてすなり」
「なるほど、そうか。そうであったか」
 栄西禅師も西域へ行くことを望みながらも禁じられていたゆえに叶わなかったと言っていた。

 実朝は、和卿がたしかにあの憧れの宋を知る者とわかって心底嬉しくなった。たとえ西域までは知らずとも宋への入り口、あの寧波から海を渡ってきた人間なのだ。ここのところ胸の奥にしまい込んであった宋への想いが沸いて溢れ出てきそうだった。
「そなたとはもっと話がしたい。しばらく、この鎌倉にいてはくれまいか」
 実朝が顔をほころばせながら言うと、和卿も小躍りするような仕草で笑顔を返す。だが義時と広元は二人して渋い顔をした。

          *

 陳和卿は筑後左衛門の尉朝重の宅を宿として定められ、実朝の求めに応じて毎日のように御所へ来ていた。
 軒端の梅の木に生った実が黄色くなりかけている。梅雨の季節も終盤にさしかかり軒をたたく雨音も激しくなっていた。
「宋では、鉄を鉄の石から作りますなり」
 和卿の声は歳に似合わずかん高く、雨音にかき消されることはなかった。
「鉄の石? 鉄の砂ではないのか? 鉄の砂ならばこの鎌倉の浜辺で採れるが」
 とりわけ稲村ヶ崎辺りの砂は黒く鉄の素が多いのを実朝も知っている。
「この倭国では鉄の砂を木の炭を焚いて溶かしますが、あれてはそうたくさんの鉄は作れませぬ」
 実朝は、いつか前浜で見た鍛冶師の営みを思い出した。
 ――たしかにあの技ではそう多くの鉄は作れまい。
「宋ては鉄の石を石の炭を焚いて溶かしますなり。そうすると、たくさんたくさん作れますなり。刀も鎚もたくさん作れますなり」
 両手を広げ、「たくさん」に力をこめる。
「鉄の石に石の炭とな? それはどこで採れるのか?」
「山を掘って採りますなり」
「ふうむ」
 実朝の目に、異国の山が浮かび、その石切り場のような所から鉄の石や炭のように黒い石ころが出てくる風景が映る。
 昨年、栄西禅師が京の寺で亡くなり、異国談義の相手に実朝は飢えていた。
「西域には黒い泥のような油の湧く井戸があるようだが」
「はい、宋ても、西の方へ行くと、そのような油の湧くところがあるそうてすなり。私も、よく知りませぬなりや、その油に火をともし、それを神と崇める民もおると聞くりますなり」
「おう、その話は聞いたことがあるぞ」
 栄西禅師より『大唐西域記』の教えをうけたときのことが浮かぶ。

「火を崇める民の中には目の色の青い者がおります」
「目が青い?」
 実朝の頭に猫のような目をした人間が浮かぶ。
「そうてす。西の民たちの中にはそういう者たちがいて、寧波にも来てましたなり」
「そうか、宋にはじつにもろもろの民たちがおるのだな」
 実朝は様々な顔つきの人間たちが種々の衣を着て行き交う異国の都を思い浮かべた。服も街も見たことのないような色で溢れているかもしれない。
「行ってみたいものだ」
 大きなため息をついてそうつぶやいたときだった。
「行ってみるなり」
 和卿の目がひときわ光り、実朝を見つめる。それは、あたかも珠玉の宝を見つけたかのようだった。

<つづく>

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