5.著作のこと

SFショートショート『核よさらば』

 これから、私がご紹介するのはSFショートショートです。でも、たんなる夢物語ではありません。これまでSF小説は、タイムトラベルを除いて空想で語られたほとんどの科学技術を実現してきました。ジュール・ヴェルヌの『月世界旅行』ではロケット、宇宙船が登場しました。『海底二万里』の潜水艦、そしてロボットは、チェコの作家カレル・チャペックによる戯曲『R.U.R.(ロッサムズ・ユニバーサル・ロボット)』で初めて登場しました。
 この物語で語られる科学技術も、いつの日か必ず実現すると私は信じています。

              ***

 上南海の首席執務室の窓からは、紫宮城が見えている。千年の歴史の中で、その世界最大の木造建築の屋根瓦は夕日で金色に輝いていた。

「どうやら日本が核兵器の開発に着手したようです」
 人民軍最高司令官のトン・プーファンは、ため息交じりに言った。
「日本は核を持たない国ではなかったのか?」
 国家主席のシー・シャオミンは静かな口調ながら険しい目をトンに向けた。
「もともと、日本にも核武装論者はいます。技術的にも高濃縮ウランを生成可能で、その気になれば核兵器開発は十分可能です」
「広島や長崎は黙っているのか?」
「どうでしょうね。まだ、この件は日本国内でも公になっていませんからね」
「ただ……」
 トンは、自信ありげな目をシーに向けた。
「日本は、ロケットの技術はありますが、まだ原子力潜水艦がありません」
「というと?」
「核弾頭が開発できても、それを打ち込む道具がいります。ロケットの技術でミサイルは作れますが、地上の基地だけではね。やはり隠密行動のとれる原子力潜水艦に核ミサイルを搭載してこそ戦略的に成り立ちます」
「原潜開発の動きはまだなんだな?」
「はい。今のところ……」
「まあ、情報収集は十分頼む」
「承知しました」

              ***

「最近、妙な情報がMI6から入ってきてるんだ」
 そう言って国防参謀総長のサー・アーサー・ペンドルトン海軍大将は自身の白いカイゼル髭を撫でた。

 歴代の国防参謀総長の肖像写真がかかった執務室には、陸海空三軍の参謀長が呼ばれていた。
「MI6ですか。あそこの報告(レポート)にはいつもおどろかされますね」
 陸軍参謀長のサー・ジェームズ・ハリントン将軍はティーカップを口に運ぶ。
「まあ、あそこは、そういう情報を掘り出してくるのが仕事ですからね」
 空軍参謀長のサー・エドワード・ロイス空軍大将がうなずく。
 それに同調するかのように海軍参謀長のサー・ウィリアム・チェンバレン大将も唇の横で笑った。
「日本が怪しい動きをしている、というんだ」
 国防参謀総長が難しい顔をして三人を見まわした。
 三人が無言で国防参謀総長を見返す。
「日本の某研究施設から手に入れた文書の中に“爆縮レンズ(High-explosive lenses)”の構造図があったそうだ」
「“爆縮レンズ”?」
 空軍参謀長がオウム返しに聞きなおす。
「核爆弾の起爆装置の一部(パーツ)だ」
 空軍参謀長は、ああ、それなら知っているという顔でうなずいた。
「あの日本で?」と陸軍参謀長が驚いたように眉を吊り上げる。
「そうだ。あの日本で、だ」
 国防参謀総長が念を押すようにきっぱりと言った。
「日本が核兵器開発?」
 三人が信じられないという表情をする。
「政府の中枢からも核保有論が漏れてくるくらいだ。驚くようなことじゃない」
 国防参謀総長は、首を横に振る。
「アメリカは知ってるのだろうか?」
「CIAが我々と同じ情報は得たようだが、ホワイトハウスもペンタゴンも表立った反応をしてない。もちろん容認するはずはないがね」
 空軍参謀長のいぶかし気な目に、国防参謀総長は応えた。
「ウラン濃縮の形跡はどうなんです?」
「それは、まだ確認できていない」
 陸軍参謀長の問いに国防参謀総長は弱々しく首を振った。
「なるほど。核の起爆装置だけか……。何か妙ですね」
 海軍参謀長は腑に落ちない表情でテーブルに置かれた帆船模型を見つめた。
「だが、通常爆弾の信管とは違って、核連鎖反応を開始させる起爆装置こそ核爆弾の肝ですからね……」
 空軍参謀長は握った拳をテーブルに置いた。
「まあ、このことは国防大臣と首相には報告しなければならない。君たちもそれぞれのルートで情報収集してくれ。くれぐれも内密にな」
 国防参謀総長は三人の顔をひとりひとり見つめた。

              ***

「なに? そうか。なるほど。ついにやりだしたか」
 リ・スンチョル総書記はたばこをふかしながら、宙に漂う煙を見つめた。
 労働党中央委員会本部にいる時とは違って黒の革ジャンパーを着ている。

「はい。核の起爆装置を研究しているのですから、まず間違いないでしょう」
 党中央軍事委員会委員長・パク・チョンヒはあたりをうかがうように声を潜めた。
「まあ、今までやってなかったのが不思議なくらいだ。無法地帯で拳銃を持った連中が、お前らは持ってはならんと言う。はい、わかりましたと言う馬鹿がどこにいるか。俺が守ってやるなんて言う奴のことを誰が信じるもんか。ようやく、あの国も気付いたということだな」
 リ総書はひきつった笑いを浮かべながら、オールバックの髪をなでた。
「まあいい。我々は、自分の身は自分で守る。当たり前のことだ。どこにも負けない武器を作り続ける。それだけだ」

              ***

 
 国連本部総会議場では、日本が重大な発表をするということで議場はぎっしり埋まっていた。
「今日、この場で各国の代表に向けて、とても重要なことをお伝えできることを光栄に思います」
 山田国連大使の声は、緊張のためか少し震えている。慣れているはずの大使には珍しいことだ。
「ご承知のとおり、日本は世界で唯一の被爆国です。核兵器による攻撃を受け、多くの命が奪われた国であります。その痛みは、どこの国の人々よりも知っています。ですので、世界に向けて誓いました。日本は、永久に核兵器を持たない、と」
 永久に持たない、と言ったとき。感極まったように絶句する。

「国際社会では核軍縮という動きもありました。すでに核兵器を保有している国は核兵器を減らしてゆく。同時に、いまだ核兵器を持たない国は、絶対に持ってはならない。しかし、そんな約束が守られないことは自明でありました。なぜ核保有国は核を持ち続け、持たざる国は持ってはいけないのか? 先に核を持った国の横暴ではありませんか? 自分の国は自分で守る。これは国連憲章でも認められた当然の権利であります。ならば、核には核で対抗するしかない。そう考えるのは当然の帰結です」
 山田がそこまで言って言葉を切ったとき、静まり返った議場に小さなため息が聞こえた。ついに日本も核を持つことになったか、という落胆の空気が流れる。
「では、我が国はどうしたか? 核を持つか否かの論争もありました。しかし、核を持たない。これは、あの被爆という経験から、絶対にゆるがすことのできない我が国の決意であります。我々は、その決意を持ち続けるしかないのです」
 ふたたび言葉を止めて議場を見渡す。そして背筋を伸ばした。
「日本は武道の国です。剣術には真剣を素手で受ける技があります。柔道、合気道は、力の弱い者でも相手の力を利用して相手を倒す技、いや、技というより心があります。ですので我々は考えました。核を持たずして核を持つ国より強くなることを」
 きっぱりと言って言葉を止めた。
 議場は静まり返り、山田の言葉を待った。
「そして、我々は今、それを成し遂げようとしています。核より強い兵器? いいえ、兵器ではない、と言いたい。それは、核保有国が持っている核兵器を遠隔で自爆させる技術です」
 そこまで言って議場を見渡す。議場がざわめく。
「ご説明しましょう」
 山田が言うと、議場正面のスクリーンが明るくなった。
 山田に紹介されたプレゼンテーターの声が議場に響く。スクリーンには核爆発のしくみを映像化した説明図が表示されている。

「これが核爆弾の爆発プロセスです。
 通常の爆弾は信管が衝撃を受けて小爆発を起こし、それが本体の爆薬に引火して誘発させます。
 核爆弾の場合は、ウランやプルトニウムといった核物質に中性子を当てることで核爆発を起こさせるのですが、この中性子を発生させるための特殊な起爆装置があります。この起爆装置を遠隔で作動させれば核爆弾を自爆させることができるはずです。しかし、ここが非常に難しい。この起爆装置はPAL(Permissive Action Link)という防御システムで何重にも保護されています。当然のことながら、それぞれの核保有国とも誤爆や外部からの誘爆を防ぐために暗号や物理的なしくみを駆使して意図しない爆発が起きないように対策しています。我々もかなり調査研究を重ねましたが、このPALの防護壁をすり抜けて起爆作動させることは困難であるという結論に達しました。では、どのように遠隔爆破させるか? これを詳しく公表することはできません。核保有国に手の内を明かすことになりますからね。ただ、ここではPALで保護された起爆装置を作動させるのではなく、核爆弾本体内で中性子を共鳴させて核物質を臨界状態にさせ、核爆発を起こさせる技術を開発したということだけ申し上げておきます」
 プレゼンテーターが画面を切り替える。
「では次に、核保有国が、どこに核兵器を保管しているかを探索し、起爆プロセスを作動させるか?   ここはシステムの最大の機密ですので、詳しくお話しすることはできませんが、強固な岩盤をも透過し、あるいは深海をも探索できる特殊な電磁波を開発したということだけ申し上げておきます。
 これらの新技術によって、核保有国が保管している核兵器、また、ミサイルが発射された直後にも、その位置を瞬時に把握し、核弾頭を自爆させることを可能にしたのです。これまでの迎撃ミサイルがピンポイントで標的を狙い撃ちしなければならない不確実性を完全に克服したのです」

スクリーンには、電磁波の照射により、核保有国の核兵器が自爆するシミュレーション映像が映し出された。核弾頭ミサイルも着弾前に自爆している。

電磁波を直接照射できない地球の裏側は人工衛星からの照射で自爆。
 プレゼンテーターは、これにて技術的な説明を終わると言って降壇し、山田に代わった。
「さて、ご理解いただけましたでしょいうか? ひとつ申し上げたいことは、日本は、核を持つことはしないので、核不拡散条約(NPT)にも、日本の非核三原則にも抵触しません。そして、このシステムを能動的に作動させることはありません。このシステムの存在そのものが抑止力なのです。
 我々は、この新技術を、核を持たないすべての国に供与する用意があります。とはいえ、このシステムがテロリズムに悪用される危険は絶対に避けなければなりません。もちろんシステム作動には何重もの暗号で保護されているのはいうまでもありません。また、このシステムそのものが暗号化されていますので複製して使うこともできません。正式に供与された国だけが使え、核保有国は使うことはできないのです。そうです。賢明な皆様は、もうお気づきとは思いますが、核保有国は、核兵器を持っていること、それそのものが最大のリスクになるのです。では、核保有国はどうすべきなのか? それは少し考えればわかることです」
 そう言って日本人特有の不思議なほほ笑みを浮かべる。そして次のように付け加えた。
「核保有国が、このシステムの有効性に気づいた暁には、このシステムの運用を国連に委ねたいと考えております。この地球上において、“核による抑止”は成り立たず、意味をなさなくなるのです」
 静まり返っていた議場に、まばらな拍手が起き、やがて嵐のような拍手が沸き起こった。

              ***


 人里離れた山村の古民家。その居間で、着物姿の老人と背広姿の男が向き合っていた。
「オセロ作戦。そう名付けてはどうかな」
 湯賀和宗平はソファー―の背もたれに体を預けるようにして座っている。すでに90歳を過ぎてはいるが、受け答えは明晰だ。科学者出身の総理経験者で、今でも政財界への影響力を持っていた。
「オセロ? なるほど、黒い石が次々と裏返って白になってゆく。やがて、すべてが白になる」
 藤堂秀樹は感心したように腕を組んだ。防衛研究所の所長で、核弾頭遠隔起爆システムの開発総責任者だ。
「世界は大きく変わるな」
 湯賀和が遠い目をする。
「ええ、今までは核を持つことが優位に立つことだった。それが……、核を持っていることが逆にリスクになる……。だが、核保有国の中には、このシステムそのものが恫喝の兵器だと主張しているところもあるようです」
「言わしておけばいい。核兵器を捨てればいいだけだ。そうすれば恫喝されることもない」
「まったくそうですね。ただ、核の廃棄技術が追いついてないようです」
「いつもそうだ。原発も使用済み燃料の廃棄技術が確立されないまま、後先考えずに、目先の利益を追求する。それが人間の性というものか……」
 言ってため息をつく。そして思い出したように藤堂の顔を見る。
「ところで、肝心の実証試験はどうなってるんだ」
「実証試験? できるわけないでしょう。やれば第二の広島、長崎が……」
 藤堂はつぶやくように言って伏し目がちになる。
「何? それでは……」
「我々の技術は間違いなく成功しています……。そう宣言することに意味があるのです」
 静かながら、藤堂の言葉には決意のようなものがみなぎっていた。
「まさか、オセロではなくポーカーということではないだろうな」
 湯賀和は、薄い笑みを浮かべた。
「さあ……」
 藤堂も、唇を緩めたが、目は笑っていなかった。

おわり

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