1.鎌倉のこと

八幡宮大銀杏の木霊 ―『春を忘るな』の周辺(5)―

源実朝暗殺事件の真相を知る目撃証人

 源実朝暗殺事件の真実。それは『吾妻鏡』を読んでも『愚管抄』を読んでも、本当のことは絶対にわかりません。歴史家が研究を重ね、たとえ「定説」というものが成立し、教科書に載っても、また新たな研究、史料の出現で覆ることもあります。「定説」は塗り替えられ、これこそが「史実」というものは永遠に成立しません。過去の真実は、タイム・マシンに乗って現場を見てこない限り、誰にも絶対にわからないのです。
 ところが、源頼朝が鎌倉に幕府を開き、鶴岡八幡宮を建てたこと、そして源実朝が殺されたとされる出来事、源氏が三代で絶え、北条氏が実権を握っていった出来事も、つぶさに見ていたものがあるのです。

■あの大銀杏は今……


鶴岡八幡宮 大銀杏
そう、鶴岡八幡宮拝殿へ上る石段の脇に立っていた大きな銀杏の樹です。樹齢は千年と云われています。(年数は諸説あり)


これは明治時代の写真と思われます。(絵はがきより)


『新編鎌倉志』の補足版である『鎌倉攬勝考』の鶴岡八幡宮の項の絵にも、ちゃんと大銀杏が描き込まれています。史料の成立年代から江戸時代後期の絵でしょう。

『新編鎌倉志』では、以下のように紹介されています。


『新編鎌倉志』鶴岡八幡宮の「石階」の項には『【東鑑】(吾妻鏡)に公暁が銀杏の樹の下で女服を着て隠れていて』とありますが、その『吾妻鏡』(少なくとも汲古書院発刊「振り仮名付き 吾妻鏡 寛永版影印」(下写真))には「銀杏の樹」「女服を着て」という記述は見当たりません。


『振り仮名付き 吾妻鏡 寛永版影印』

『新編鎌倉志』では、女姿に変装していたと書いてますが、右大臣拝賀式の神事が行われている近辺に女性がいたら、かえって不自然です。(「女装して近づく」は江戸時代的感覚ですよね)『愚管抄』では「法師の形相をした」と記されており、こちらを信用すべきでしょう。(該当部分の『吾妻鏡』、『愚管抄』の原文はコチラ)


 公暁が女服を着ていたのは考えにくいですが、銀杏の樹の影、あるいはその付近に隠れていたことはまず間違いないでしょう。となれば……、そうです。「家政婦は見た!」ではなく、「銀杏は見た!」のです。実朝暗殺の犯行現場を……。そして千年の間、鎌倉の歴史を見続けてきたのです。そうです。銀杏こそが真の歴史の証人でした。
 ところが……。


なんと……。
2010年(平成22年)3月10日の未明、大銀杏は、人知れず倒れてしまったのです。轟音がして警備員が駆けつけた時にはすでに……。


当時の新聞記事

■大銀杏の木霊

 千年の間、鎌倉を見続けてきた歴史の証人……、いや証樹か?
 でも、ほら、こんな姿になって戻ってきたのです!


大銀杏 木霊御守り

 ああ、女将(ママ)、こんな姿になって……。
 ずいぶん小さくなっちまったなぁ……、たしかに細腕だったけど、こんな小枝みてえに……。
 え? 何のことか、って?
 え? ご存知ない? ということは小説『春を忘るな』を、まだ読まれてない方ですね?
 何を隠そう。源実朝暗殺の謎を解く小説『春を忘るな』に登場する、スナック「段葛」の女将は、八幡宮大銀杏の木霊なのです。女将は八幡宮拝殿に上る石段の脇に千年の間立ち続け、鎌倉の全てを見てきたのです。源頼朝が鎌倉に幕府を開いたことも、実朝暗殺の実行犯である公暁が足元に隠れ、犯行に及んだことも、すべて見ていたのです。家政婦……じゃなくて、「女将は見た!」のです。(そうか、今からでもタイトル変えようかな?)
『春を忘るな』では、歴史の語り部として、店の常連客である老考古学者と、その教え子に、源実朝暗殺事件の全貌を解き明かします。なにしろ、実際に見た人、いや樹……じゃなくて「木霊」ですから、どんな歴史書よりも歴史家よりも確かだということは断言できるのです。はい。

 スナック「段葛」は鎌倉小町通りの裏、いわゆる裏小町にあります。


表の小町通りが観光客であふれていても……。


裏小町はひっそりしています。
そして……。


はい、ここがスナック「段葛」です。
場所はどこか、って? それは秘密です。探してみてください。


店内は、こんな感じ……。
『春を忘るな』では、夕刻の、まだ客の誰もいないころ、老考古学者と教え子が、ふらりとやってきます。


「あら、いらっしゃい先生(「せんせい」ではなく「センセ」と発音)」
と女将が登場。(注:写真はイメージです)

なにしろ千年ですから……、でも、お歳のわりには、なかなかの美人。
ご関心ある方は、裏小町を捜し歩いてみてください。でも『春を忘るな』を読まれたら、すぐに会えますよ。
■小説『春を忘るな』はコチラ

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