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中世の戦乱の面影漂う和田塚
江ノ電鎌倉駅を発って最初の駅が和田塚です。
その和田塚駅から徒歩1分のところに和田塚があります。
建暦3年(1213年)2月、信濃の御家人、泉親衡が二代将軍、源頼家の遺児千寿丸を擁立して幕府を打倒しようとする謀反が露見します( 泉親衡 の乱)。和田義盛の子、義直、義重と甥の胤長が同調者として捕縛されましたが首謀者とされる泉親衡は逃亡。その後、2人の子は赦免になったものの胤長だけは首謀者と同格とされ流罪になりました。泉親衡の謀反自体が北条義時の陰謀ではないかと睨んだ和田義盛は5月、姻戚関係にあった横山党や同族の三浦義村と結んで北条氏を打倒するため挙兵します。しかし、土壇場で三浦義村は北条側へ寝返り、兵力劣勢となった和田一族は二日間でほぼ全滅しました。
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、この二人がどんな展開を演じるのか?
和田義盛は頼朝挙兵以来の幕府重鎮で当時の将軍、源実朝とも親子(爺と孫?)のように親しい関係でした。義盛の挙兵はあくまで執権、北条義時への抵抗であって、将軍(幕府)への叛乱ではなかったはずですが、義時の立ち回りによって賊軍となってしまったことは痛恨の極み。北条とともに同族である三浦への恨みも相当のものだったと思います。
現在の和田塚は閑静な住宅街の中にありますが、そこだけ鬱蒼と木々が茂り、夜になると街灯の明かりも届かず闇の中。『ひぐらしの啼く時』では、主人公の祐輔が江ノ電でともに帰るのり子に「この和田塚って駅、昼間はどうってことないけど、夜はけっこう雰囲気(ムード)あるよね」と話しかけます。
深夜に鎧武者の徘徊するのを見た。馬の嘶きを聞いた、といった噂を聞いたこともあります。
私も、仕事や宴会で遅くなり、江ノ電の終電時刻(鎌倉発23:32)に間に合わないときは、夜の散歩がてら歩いて帰ることもありました。そんなとき、和田塚の前を通ると、木々の中から何やら霊気のようなものが漂ってくるような気がして、背筋に冷たいものが……、ということがありました。和田一族の北条、三浦への怨念は相当のものでしょうから八百年経った今でも消えることはないかもしれません。
『ひぐらしの啼く時』では、夜遅くに、 祐輔とのり子が 江ノ電でともに帰ることになります。二人は、学生時代に古都散策会というサークル仲間だったことから鎌倉時代の歴史になじみがありました。電車が和田塚駅に到着すると、のり子がふと思い出したように、和田氏と三浦氏の確執を口にします。祐輔も何かを感じます。そのとき二人は、自分たちが中世の氏族と繋がり絡みあっていることに気づいていたのでしょうか。物語の中で、長い時の流れが二人をのみ込んでゆきます。
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