5.著作のこと

小説『ひぐらしの啼く時』ご紹介

「ご紹介」とは題しましたが、この物語は「こんなお話なんです」とひと言で申し上げるのはとても難しいです。読んで感じていただくしかないのですが、せめて「まえがき」のようなものはないの? と仰るかもしれません。それでは、物語のモチーフとなったものをいくつかご紹介して 「まえがき」 に代えさせていただきます。

■和田氏と三浦氏

 今年(1922年)のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にも登場する和田義盛。鎌倉幕府の重鎮である侍所別当でありながら、執権・北条義時に叛旗を翻します。将軍・源実朝ではなく、あくまで北条義時への抵抗であったのに、幕府への謀反とされたのが和田にとっては痛恨の極み。このとき、味方と信じていた同族の三浦義村(義盛の従兄弟)に裏切られ、和田一族は滅びました。


江ノ電和田塚駅


和田一族の屍が眠ると云われている和田塚は、和田塚駅から歩いて1分のところにあります。

  家(イエ)のためには、たとえ同族であっても敵対し、皆殺しにしてしまう中世人の価値観は、現代の私たちには理解しがたいところもあります。同族でありながら袂を分かった和田と三浦。家どうしの争いで引き裂かれた若者たちの物語が、『ひぐらしの啼く時』のエピソード1です。

■日本海軍の特攻「回天」

 人間魚雷として有名な「回天」。魚雷に乗って敵艦に体当たりする特攻。なぜ、そんな非人道的な兵器が造られたのか。それを知りたくて、10年ほど前に回天の開発・訓練基地だった大津島(山口県)を訪ねました。




大津島は瀬戸内海に浮かぶ美しい島でした。


大津島に向かうフェリー乗り場に置かれていた回天の実物大模型。
搭乗員たちは「俺たちの棺桶」と呼んでいたそうです。


特眼鏡(潜望鏡)の高さは1mほどしかありません。太平洋の大波の中では敵艦を視認することも難しかったでしょう。


上部ハッチ。
何を想いながら、この中に入り、鉄の扉を閉じたのか……。
(潜水艦から乗り移る時のハッチは艇の下側(操縦席の足元)にある)


大津島にある回天記念館。


記念館庭園には殉死、殉職した搭乗員たちの銘碑があり、これは回天開発者の黒木大尉(訓練中に殉職して少佐)のもの。大尉は海軍機関学校出身。海軍には「機関科問題」という懸案があって、機関科出身将校であった黒木大尉が回天という特攻兵器の開発に携わったことと大いに関係があったと、私は考えています。あくまで私見に過ぎませんが、『ひぐらしの啼く時』という物語の中でその問題に迫り、私がこの島を訪れたひとつの答えにしたいと思っています。


回天の断面図。
九三式酸素魚雷の前部に直径1mの鉄管を継ぎ足し、最前部に爆薬、中間が搭乗員の空間となっていました。


搭乗員の空間には計器類、配管がぎっしり。艶やかに光る縦の管が特眼鏡(潜望鏡)。直径1mの土管のような空間ですから、床に尻をつけ、屈みこむような姿勢で覗いたようです。空気ボンベは無く、搭乗員は鉄管内の空気だけで呼吸していました。突撃までの最大で数十分間ならば、それで足りたということでしょうか……。


訓練の座学には数学もありました。特に三角関数は、航行する敵艦に突入するための航路計算に必須。死を目の前にして冷静に計算しながら操縦しなければなりません。想像してみてください。もし自身が搭乗員だったら……。


回天の整備工場から魚雷発射場(回天操縦訓練の出発場)まではトンネルを抜けてゆきます。


搭乗員たちは、このトンネルを抜けて訓練に向かいました。中を歩いてゆくと、暗闇の中から彼らの声が聞こえてくるような気がしました。この時、島を訪れていたのは私一人(島民を除いて)でしたので正直、少々……。でも、怖いというより、彼らの声に背中を押されて、彼らの想いを書き残さなければいけない、という気持ちに駆られました。


トンネルを抜けると、魚雷発射場(訓練の出発場)が見えます。
天気の良い日でしたので、瀬戸内海の輝くような美しい海が背景に広がっていました。しかし、ここで彼らが死ぬための訓練に励んでいたことを想うと……。


私は、複雑な想いを胸に大津島をあとにしました。


沈む夕陽の向こうに……。
私は、あの戦争を知らない世代です。それでも、このとき、ここで訓練に励み、南の海に散っていった彼らのことを書かねばならない、と強く想いました。

■ひぐらし


 ヒグラシは、夏の夕暮れにカナカナと寂し気に(悲し気に?)鳴く、あの蝉です。孵化して幼虫になるとすぐに土に潜ってしまいますが、土の中ではおよそ3年(諸説あり)過ごし、ようやく成虫になって地上に出ると、その寿命は1ヶ月足らず (一週間等諸説あり) とのこと。


 成虫としては、ほんのわずかな命。それでも一夏の間に伴侶と出会い、新たな命を宿し、生命の輪廻を繋げてゆく……。 あのカナカナという鳴き声。はかない命を嘆くかのように啼くのは、そんな宿命を背負った生態だからかもしれません。

■小説『ひぐらしの啼く時』

 鎌倉時代の和田氏と三浦氏、人間魚雷「回天」、ひぐらし……。いったいどんな脈絡があるの? とお思いでしょうね。はい、やはり読んで感じていただくしかありません。

『ひぐらしの啼く時』 はコチラ 
(紙の本、電子書籍いずれもご用意しております)

【ご紹介】森園知生の著作一覧

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