5.著作のこと

2025年終戦の日

また今年も「終戦の日」がやってきました

私は「戦争を語り継ぐ」を、ライフワークのひとつとして取り組んできました。しかし近年、世界はますます戦争の泥沼へと沈み込み、日本国内の空気も変化してきていることに、失望と無力感を覚えています。
「戦争は嫌だ」という感情だけでは、戦争を防ぐことはできないと思っています。それでも、「戦争だけは絶対に起こしてはならない」「何としても食い止めなければならない」という強い気持ちと、社会の空気が希薄になったとき、壁が崩れ落ちるように、最悪の事態へと陥ってゆくような気がします。
かつて私には、その想いを強くした旅がありました。

日本海軍の特攻「回天」の島を訪ねた

人間魚雷として有名な「回天」。人間が魚雷に乗って敵艦に体当たりする特攻。なぜ、そんな非人道的な兵器が生まれたのか。それを知りたくて、15年ほど前に回天の開発・訓練基地だった大津島(山口県徳山)を訪ねました。


大津島は、山陽本線・山陽新幹線のJR徳山駅から徒歩5分の徳山港からフェリーまたは巡航船に乗船します。


大津島に向かうフェリー乗り場に置かれていた回天の実物大模型。
搭乗員たちは「俺たちの棺桶」と呼んでいたそうです。


特眼鏡(潜望鏡)の高さは1mほどしかありません。訓練海域の瀬戸内海ならば機能したでしょうが、太平洋の大波の中では敵艦を視認することも難しかったでしょう。


上部ハッチ。
何を想いながら、この中に入り、鉄の扉を閉じたのか……。
(潜水艦から乗り移る時のハッチは艇の下側(操縦席の足元)にある)


大津島は瀬戸内海に浮かぶ美しい島でした。


大津島にある回天記念館。


記念館庭園には殉死、殉職した搭乗員たちの銘碑があり、これは回天開発者の黒木大尉(訓練中に殉職して少佐)のもの。大尉は海軍機関学校出身。海軍には「機関科問題」という懸案があって、機関科出身将校であった黒木大尉が回天という特攻兵器の開発に携わったことと大いに関係があったと、私は考えています。あくまで私見に過ぎませんが、『ひぐらしの啼く時』という物語の中でその問題に迫り、私がこの島を訪れたひとつの答えにしたいと思っています。


記念館前に展示されている回天


回天の断面図。
九三式酸素魚雷(直径60㎝)の前部に直径1mの鉄管を継ぎ足し、最前部に爆薬を搭載、中間が搭乗員の空間となっていました。


搭乗員の空間には計器類、配管がぎっしり。艶やかに光る縦の管が特眼鏡(潜望鏡)。直径1mの土管のような空間ですから、床に尻をつけ、屈みこむような姿勢で覗いたようです。空気ボンベは無く、搭乗員は鉄管内の空気だけで呼吸していました。突撃までの最大で数十分間ならば、それで足りたということでしょうか……。


訓練の座学には数学もありました。特に三角関数は、航行する敵艦に突入するための航路計算に必須。死を目の前にしながら冷静に計算して操縦しなければなりません。想像してみてください。もし自身が搭乗員だったら……。


回天の整備工場から魚雷発射場(回天操縦訓練の出発場)まではトンネルを抜けてゆきます。


山裾にトンネルの口がぽっかり開いてました。


搭乗員たちは、このトンネルを抜けて訓練に向かいました。中を歩いてゆくと、暗闇の中から彼らの声が聴こえてくるような気がしました。この時、島を訪れていたのは私一人(島民を除いて)で、トンネル内も私だけでしたので正直のところ、少々……。でも、怖いというより、トンネルの中でたしかに聴いた彼らの声。それに背中を押されて、彼らの想いを書き残さなければいけないという気持ちに駆られたのです。


トンネルを抜けると、魚雷発射場が見えます。(回天の操縦訓練では、ここが出発場になりました)
天気の良い日でしたので、瀬戸内海の輝くような美しい海が背景に広がっていました。しかし、ここで彼らが死ぬための訓練に励んでいたことを想うと……。


水平線の向こうは豊後水道。その先には太平洋が広がっています。彼らは、この島から回天とともに潜水艦に搭乗して出陣。そして、南の海に散ってゆきました。


私は、哀悼の想いとともに、怒りにも似た悲しみを胸に大津島をあとにしました。


沈む夕陽の向こうに……。
私は、あの戦争を知らない世代です。それでも、このとき、ここで訓練に励み、南の海に散っていった彼らのことを書かねばならない、と強く想いました。

小説『南の海から聴こえてくる』


大津島を訪ねた時の想いを小説『南の海から聴こえてくる』に書きこみ、当ブログに掲載しました。
南の海から聴こえてくる』はコチラ

小説『ひぐらしの啼く時』

この小説も人間魚雷「回天」が重要なモチーフになっています。鎌倉時代の和田氏と三浦氏、人間魚雷「回天」、ひぐらし……。時空を超えて展開してゆく物語……と、少し説明が難しいので、読んで感じていただくしかありません。

『ひぐらしの啼く時』 はコチラ 
(紙の本、電子書籍いずれもご用意しております)

国立国会図書館コチラ

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