1.鎌倉のこと

切通し(2)の2 ―極楽寺坂とラフカディオ・ハーン―

 この切通しシリーズに、突如ラフカディオ・ハーンに登場いただきます。ハーンといえば『耳なし芳一』『雪女』などで有名な怪談(Kwaidan )の作家、小泉八雲です。おどろおどろしくも日本の幽玄世界を描いた人ですが、その彼が来日してまもなく(1890年(明治23年))鎌倉、江ノ島を訪れていて、その時の様子を『日本瞥見記』の第四章「江の島行脚」に記しています。章題は「江の島」ですが、まず鎌倉を訪れ、人力車で円覚寺、建長寺、大仏、長谷寺を見て回ったあとで江ノ島に向かっています。その長谷寺から江ノ島に向かう途中の様子が四章の十四に記されており、そのまま全文を以下に引用(青字)します。

『日本瞥見記(上)』(訳:平井呈一)
 第四章 江の島行脚

        十四

 観音堂をあとにしてからは、もはや路傍には人家は一軒もなく、未知の左右に切り立つ緑こい崖は、しだいに険しくなり、頭上の大木の木陰はいよいよ深くなる。が、それでも、ときおり苔むした寺の石段や、彫刻のしてある山門や、高い神社の鳥居などが、そこに神仏の宮や堂のあることを知らせている。しかし、それをいちいち訪れている遑(いとま)はない。このあたりにある荒廃した無数の社寺堂塔、すべて今は荒廃した都の、ありし日の華麗と宏荘(こうそう)を物語っているものばかりだ。どこへ行っても、花のかおりにまじって、松やにのように芳ばしい、日本の香華(こうげ)のかおりがただよっている。どうかすると、四角な柱のかけらのような、それに何やら彫り刻んである石の群れ――久しく打ち捨てられた墓地の無縁になった古い墓石が、乱離雑然とちらばっているところを通ったり、そうかと思うと、夢見る阿弥陀仏や、
ほのぼのと微笑をたたえている観音の像だのが、寂しくぽつんと立っているそばを通ったりする。なにもかもが、古い古い昔の、歳月に色あせつくし、崩れ朽ちたものばかりだ。中には、風霜雨雪にいためつけられたあまり、それと見分けのつかなくなっているものもある通りすがりの道のはたにあった六地蔵の前に、わたくしは、しばらく悲痛な思いをいだいて佇んだ。これは死んだ子供たちの亡魂を守ってくれる、心ひかれる仏の像である。うろこのような苔にすっかり覆われ、青苔に深く埋もれているその姿。そのうちの五つは、ここに詣でる人たちが、年を重ねて積み上げ、積み上げした小石が、今はほとんど肩のあたりまでもうず高く積まれており、死んだ子かわいさに奉納した、色あせたよだれ掛けが、いくつも首にかけてある。そして、ひとつの地蔵は、おそらく、通りすがりの荷車か何かにでも転(こ)かされたのであろう。むざんに欠け砕けて、そのまま自分であたりにぶちまけた小石のなかに、どうと打ち倒れているのであった。
(十四 了 太字はブログ記事著者による)

 この記述は、いったいどの辺りでしょう。どこにもそうとは書かれていませんが、私は極楽寺坂の切通しではないかと思います。前回の「切通し(2)―極楽寺坂―」で、私は少々おどろおどろしくご紹介しましたが、あの怪談の巨匠がこの道に何か幽玄なものを感じたことに不思議な因縁を覚えます。

「左右に切り立つ緑こい崖」

この道も、かつて明治のころはまだ舗装されていませんでした。ハーンは人力車でこの坂を通ったのでしょうか。俥夫の息づかい、ゴトゴトという車輪の音が聞こえるようです。

「荒廃した無数の社寺堂塔、すべて今は荒廃した都の、ありし日の華麗と宏荘(こうそう)を物語っているものばかりだ」
ハーンはこの「江の島行脚」を、正体不詳の青年、アキラに案内されていますが、おそらく極楽寺が、かつては49もの堂塔を有する大寺院であったのが戦乱と度重なる火災で荒廃してしまった歴史をアキラから聞いたのだと思います。
かつて広大な寺領を有していた極楽寺も、現在はこの山門と本堂だけのこじんまりとした寺になっています。

「ほのぼのと微笑をたたえている観音の像だのが、寂しくぽつんと立っているそばを通ったりする。なにもかもが、古い古い昔の、歳月に色あせつくし、崩れ朽ちたものばかりだ。中には、風霜雨雪にいためつけられたあまり、それと見分けのつかなくなっているものもある」

極楽寺坂の途中にある成就院の墓地


ぽつんと立っているのは観音ではなく地蔵菩薩と思われますが……。

「通りすがりの道のはたにあった六地蔵の前に、わたくしは、しばらく悲痛な思いをいだいて佇んだ。これは死んだ子供たちの亡魂を守ってくれる、心ひかれる仏の像である」

切通しの崖面を掘りぬいて安置されている日限六地蔵。明治のころは、通りすがりの荷車に転(こ)かされて欠けることもあって、ハーンも悲痛な想いを抱いたようですが、今は「心ない酔漢により仏像が破壊されたため、やむを得ず見苦しいシャッターを取り付けた」という説明書きが情けなく悲痛です。



極楽寺の子育地蔵。この辺りはとりわけ地蔵菩薩が多いように感じのは私だけでしょうか。

 ハーンが来日してすぐのころ、この極楽寺坂切通しを訪れていたとしたら、その時の感慨が、その後のKwaidan執筆に影響を与えたのかもしれません。少なくとも私は、この極楽寺坂を通るとき、いつも何かを感じます。遠い時を超えて、何かを訴えるような声、囁きが……。

 さて、このあとハーンは、いよいよ江ノ島へ向かいます。それについては、このブログのジャンル「江ノ島こと」でご紹介したいと思います。乞うご期待!

「ラフカディオ・ハーンの見た江ノ島(1)」はコチラ

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