じつは青春小説
「まえがき」に代えて(1)(2)とエネルギー問題について書いてきましたが、じつは『金星が見える時』は青春小説なんです。
■物語の背景と登場人物
物語は東日本大震災から47年後の鎌倉。主人公は州立エネルギー研究所に勤める青年、若松颯太(わかまつそうた)。「州立?」 そうなんです。東日本大震災の福島第一原発事故以来、原発推進か脱原発かで国論は二分。地方分権を掲げる政党が政権を担うことになり、州ごとに原発か脱原発かを選択しました。東京は関越州として原発を選択。鎌倉は中部州に編入され、脱原発の道を歩むことになりました。しかし脱原発州は自然エネルギーだけでは電力が十分でなく、多くの企業、工場は原発州へ去ってゆき、経済的には没落していました。そんな時代を舞台に、中部州のエネルギー研究所で若松颯太は地熱発電の研究に勤しんでいますが、自然は豊かながら、経済事情の悪い中部州では副業を持つのが一般的。颯太は人力車の俥夫を副業としていました。
そして颯太の幼なじみ、真藤明日香は、経済的に発展した東京に憧れ、東京の大学を出て、ネットテレビ局のディレクターになります。脱原発の中部州民は、原発州の人から、「明治時代の人」という意味の「メイジヤン」と呼ばれ、蔑まれています。そんな原発州と脱原発州に分かれて暮らすようになった颯太と明日香は……。
はい、ここから先は『金星が見える時』を、ぜひご覧になってください。
■その他の登場人物
・高杉
関越テレビ(KETV)のプロデューサーで明日香の上司。テレビの仕事に電力は必須。脱原発など考えられない、と鎌倉を蔑む原発至上主義者。
・直美
颯太より三歳年下の近所に住む女子。経済的に廃れても自然豊かな鎌倉を愛し、ウインドサーフィンのインストラクターをしている。颯太を兄のように慕い。兄弟のいない颯太にとっても妹のような存在。
・長沼仁司(ひとし)
颯太、明日香と同級。中部で廃炉になった原発の管理の仕事をしていたが、より給与のよい関越州の核燃料再処理工場へ転職してゆく。
・真山徹
中部州立大学工学部教授。颯太の大学時代の恩師で、地熱エネルギーの研究に一生を捧げている。
・押本隆太郎
東北大学で真山徹と同級。原子力工学専攻で、真山とは研究者としてライバルの関係にあるが、心情的には友人関係。真山より先に東北大学で准教授となり、出世した。