タイトル画像は「新関コレクション」より
ハーンの鎌倉・江の島行脚
ラフカディオ・ハーンは1890年4月4日、横浜に到着後、間もなく鎌倉、江の島を訪れています。そのときのようすは、『Glimpses of Unfamiliar Japan(知られぬ日本の面影)』の「A Pilgrimage to Enoshima(江ノ島詣で)」の章に記されています。(日本語訳は池田雅之訳『日本の面影』、平井呈一訳『日本瞥見記』が出版されています。当記事では、これらを総称して『Glimpses』とします)
『Glimpses of Unfamiliar Japan』
しかし、『Glimpses』には、どうにも見えにくく、不可解でミステリアスな部分があるように私は感じています。ハーンが何か意識して隠した(書かなかった)ことがあるように思えてしかたありません。このブログ記事ではとてもご紹介しきれない、そのベールの向こう側を、小説『ラフカディオの旅』※で探っていますので、ぜひ読んでいただきたいと思います。
※『ラフカディオの旅』は当記事の最後をご覧ください。
ハーンの日本の旅には、アキラ(真鍋晃)という青年が、通訳として同行しています。おそらく、実在した人物と考えられているのですが、彼の素性や、その後の消息はハーン研究者の間でも、よく分かっていません。明治時代の人であれば、大抵は調べがつくものなのですが……。(ハーンの目から見た彼の人物像は『ラフカディオの旅』に描いています)
ハーンは、横浜から鎌倉まで、どのように行ったか『Glimpses』には記されていません。彼は、歩いたり人力車で見て回るのを好み、汽車のような文明の利器を嫌っていました。しかし、その足取りと行動時間から推測して、おそらく、すでに国府津駅まで開通していた東海道線で大船駅まで行き、そこから先を人力車で移動したと思われます。
川上幸義著グラビアより
明治時代の人力車と外国人観光客(注:写真の乗客はハーンではありません)
ハーンは俥夫が頭に被っている笠を「white hat which looks like the top of an enormous mushroom(白い、大きなキノコの笠のような帽子)」と表現していますが、なるほど、と思いますね。
当時の人力車の賃料は、一日どこまで行っても75銭だったそうです。1円=1ドルだった時代、外国人にとっては、かなりリーズナブルに感じたようです。
『Glimpses』によれば、大船駅(推定)を人力車で出発し、円覚寺、建長寺、円応寺、大仏(高徳院)、長谷寺を周り、それから江ノ島に向かっています。(横須賀線も開通していましたが、北鎌倉駅はまだありません)
ハーンの江の島行脚のルート(推定)
ちょっと不思議なのは、鎌倉といえば、当時から鶴岡八幡宮が最も有名な観光地でしたが、ハーンが立ち寄った形跡がないのです。源頼朝が日本の歴史で大きな役割を果たしたのを、よく知っているハーンが、八幡宮について一言もふれていないのは首を捻りますが、その辺りも『ラフカディオの旅』をご覧いただければご納得いただけると思います。
長谷寺から江ノ島へ向かうあたりのようすは、『Glimpses』をベースに、当ブログの「切通し(2)の2 ―極楽寺坂とラフカディオ・ハーン― に書きました。(じつは、この記事を書いたことがきっかけとなって『ラフカディオの旅』を書くことを思い立ちました)
江の島訪問のようすは、同じく当ブログ記事「ラフカディオ・ハーンの見た江ノ島(1)」~(3)をご覧ください。(これらの記事も『ラフカディオの旅』を書くことに繋がった記事です)
明治時代の江の島(写真所蔵:新関コレクション)
当時は、まだ橋は架かってなく、干潮時を狙って干潟を歩いて渡りました。
島内の足跡
ハーンは、江の島で弁財天像を見るのを楽しみにしていましたが、『Glimpses』「A Pilgrimage to Enoshima(江ノ島詣で)」には、江の島中を探して歩いたものの、見ることはできなかったと記しています。江の島は弁財天信仰の島で有名です。現在、私たちが江の島を訪れると、奉安殿で拝観料200円を払えば、誰でも見ることが出来ます。
奉安殿に安置されている妙音弁財天(左)と八臂弁財天(右)
なぜハーンは弁財天像を見ることができなかったのでしょう? そして、弁財天像をどうしても見たがっていたハーンが、それを見ることが出来なかったにもかかわらず、「A Pilgrimage to Enoshima(江ノ島詣で)」の最後では、とても満足して感動したと書いているのです。当時の江ノ島にどんな事情があったのか? ハーンの記述は、どこか不明瞭でミステリアスです。私には、ハーンが意図的に書かなかった何かがあるような気がしてなりません。
そして……。
ハーンは、なぜ日本に来たのか?
なぜ日本で生涯を終えることになったのか?
『ラフカディオの旅』では、地球を三分の二周するハーンの漂泊の旅路を辿りながら、その答えを探ります。豊富な知識と多彩な文芸の才能を持った彼の旅には、苦悩と感動、そして不思議な出会いに溢れています。ぜひ『ラフカディオの旅』で彼の漂泊の人生を疑似体験してください!