5.著作のこと

ラフカディオの旅(3)― 仏領西インドの二年間 ―

西インド諸島への旅

ラフカディオ・ハーンはニューオーリンズでのクレオール文化の研究に限界を感じると、それがより色濃く残る西インド諸島(当時の呼称は「仏領西インド」)へ旅立ちます。
※フランス語やスペイン語を話すヨーロッパ系移民とアフリカ系奴隷の主従関係の中で融合して形成されていった言語や文化、ライフスタイル。

クレオールの人々

西インド諸島


ニューヨーク発、トリニダード行きの船に乗ったハーンは、途中寄港した小アンティル諸島マルティニーク島、特にサン・ピエールの街に魅せられ、トリニダードから引き返して同島に長期滞在しました。その間のことを詳しくご説明すると、まず、約2ヶ月間をマルティニーク島で過ごしたものの、滞在費が乏しくなったため、いったんニューヨークへもどって『熱帯への真夏の旅(A Midsummer Trip to The Tropics)』という紀行文を書き、その原稿を出版社に売って資金調達し、当時は高価だったフランス製のカメラも買って、再びマルティニーク島へもどり、その後約1年7ヶ月滞在し、クレオール文化の調査研究、取材活動をしました。その成果を『仏領西インドの二年間(Two Years in the French West Indies.)』という紀行文として、先に出版した『熱帯への真夏の旅(A Midsummer Trip to The Tropics.)』の続編という形でまとめたのです。また、1848年にマルティニーク島で起きた黒人奴隷の暴動事件を題材に、女性の奴隷を主人公にした小説『ユーマ』も書き上げました。


『仏領西インドの二年間』表紙


『仏領西インドの二年間』サン・ピエールの植物園の紹介


『ユーマ』中表紙

小アンティル諸島(赤枠内の拡大図は下)


小アンティル諸島を拡大(上図の赤枠内)

『仏領西インドの二年間』に見るマルティニーク島の風景

まずは、『仏領西インドの二年間』に掲載されている美しい写真や挿絵をご紹介しましょう。
(画像はプロジェクト・グーテンベルクの電子書籍から引用しています。ありがたいことに、これだけの貴重な資料が著作権フリーで公開されています)
 ※挿絵については、じつは誰が描いたものか、(私が調べた限りでは)分かりません。ハーンが旅行中に出会った他の画家によって描かれたか、彼の撮った写真をもとに、他の画家が描いたものか、あるいは絵はがきかもしれません。(どなたかご存知の方がおられたら教えて下さいね)

 
マルティニーク島の玄関口、サン・ピエールの港
褐色の肌の男たちが荷揚げ作業に蠢いています。


サン・ピエールの墓地
ハーンは「ここでは死が非常に明るく見える」と記しています。


サン・ピエールの植物園
原始の森をそのまま利用して庭園にしています。だから、夜になると蛇や爬虫類が出ることも……。


バルバドス島の港湾
マルティニーク島の隣、とはいっても180㎞は離れてる。


南アメリカ大陸北部の国、ガイアナ共同共和国のジョージタウン
ハーンは、仏領西インドの旅で、ここまで足を延ばしたようです。

今は幻……

じつは、ハーンが見た、美しいマルティニーク島の風景は、現在は存在しません。というのも、彼が島を去ってから13年後の1902年に、同島のプレー火山が大噴火を起こし、火砕流で住民3万人が死亡、街は完全に壊滅してしまったのです。


プレー火山の噴火で壊滅したサン・ピエールの街
山頂に見える突起は、噴火によってできた溶岩塔。

ですから、彼の紀行文と美しい写真や挿絵を収めた『仏領西インドの二年間』という著作は、すでに失われた幻のような風景のアルバムなのです。

仏領西インドの二年間』の画像を、もっとご覧になりたい方はコチラ

ラフカディオ・ハーンとゴーギャン

じつは、あの『タヒチの女』で有名な画家のポール・ゴーギャンもマルティニーク島を訪れています。彼は、パナマ滞在中に破産してしまったため、当時のフランスの法律により、国の費用で本国にもどることになりました(強制送還?)。しかし帰国途中、彼はマルティニーク島のサン・ピエール港で船を降りて数か月間過ごしています。この下船が計画的なものだったのか、突発的な事情があったのか、研究者の間でも意見が分かれているようです。が、私は「逃亡(エスケープ)」だったのではないかと思います。(理由は、その方が楽しそうだから(;^_^A))
 ゴーギャンのマルティニーク島滞在は、1887年の6月から11月まででしたが、ハーンも同年の7月に、再びマルティニーク島へもどってきて1889年まで滞在しています。ですから1887年7月から11月までの間、二人は同じ島内にいたことになります。後年、ハーンはゴーギャンの絵を高く評価していますが、二人が島で出会ったようすはありません。もしサン・ピエールの街ですれ違っていても、そのころはまだ、お互いを認識していなかったでしょう。
 それにしても、二人とも西洋の都会、近代文明に背を向け、南国の島に憧れを抱くような気質だったところは似ている気がします。ゴーギャンは南国(タヒチ)を絵筆で描き。ハーンは南国(マルティニーク)を文筆で描いたのです。


ゴーギャンの描いた『タヒチの女』


ハーンが撮影したマルティニークの女性

二人は、褐色の肌のエキゾチックな女性に惹かれるところがあったのでしょうか。

さて、こんなゆったりとした南国の島に魅せられていたハーンからは、あの「怪談」のイメージは、どこにも見当たりません。

・ハーンは、なぜ日本に来たのか?

・なぜ日本で生涯を終えることになったのか?

小説『ラフカディオの旅』では、地球を3分の2周するハーンの漂泊の旅路を辿りながら、その答えを探ります。豊富な知識と多彩な文芸の才能を持った彼の旅には、苦悩と感動、そして不思議な出会いに溢れています。ぜひ、『ラフカディオの旅』で彼の漂泊の人生を疑似体験してください!


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